標高1600メートル。雪のリゾートとして名高い志賀高原・一の瀬は、夏になるともう一つの顔を見せます。平均気温は25℃を下回り、空気はどこまでも軽い。冷たい清流と湿原、夜には降るような星——スキーシーズンとは違う、静かで涼やかな高原時間をご紹介します。

街が35℃の日、一の瀬の空気は澄んでいる
夏の都会で、アスファルトの照り返しに足を止めたことのある人なら、きっとこの数字に心が動くはずです。志賀高原の夏は、平均気温が25℃を下回る——。標高1600メートルの一の瀬に立つと、まず迎えてくれるのは、ひんやりと乾いた空気の感触です。
エアコンのつくる涼しさとは、まるで違います。木々を抜けてきた風には森の匂いがあり、日差しは強くても、日陰に入ればすっと汗が引いていく。ここでは涼しさは設定するものではなく、ただそこに「ある」もの。標高が生み出す天然のクーラーが、一の瀬の夏をやさしく包んでいます。

雪が消えると現れる、もう一つの一の瀬
志賀高原・一の瀬といえば、冬。雄大なゲレンデを滑り継ぐスノーリゾートの中心地として知られています。けれど雪が解けたあとの一の瀬を知る人は、まだそう多くありません。
白一色だった斜面は、夏には目の覚めるような緑へと姿を変えます。リフトの下に広がるのは、高山植物が彩る草地と、点在する湿原。21の宿が肩を寄せ合うコンパクトな高原の集落を、緑がやわらかく取り囲みます。冬は滑るための場所だったゲレンデが、夏は歩き、眺め、深呼吸するための場所になる——同じ風景が、季節でこれほど表情を変えることに、きっと驚かされるはずです。

水と湿原が、涼しさをつくっている
一の瀬の涼しさは、標高だけがつくっているのではありません。鍵を握るのは「水」です。
ゲレンデの麓を流れる清流・小雑魚川(こざこがわ)は、きれいな水でなければ生きられない原種のイワナがすむ川。その澄んだ流れと、点在する湿原が、あたりの空気をいっそう冷やしてくれます。手をひたせば、夏でも思わず声が出るほどの冷たさ。湿原の木道を歩けば、足元から立ちのぼる水の気配が、肌に心地よく届きます。
ちなみに志賀高原のなかで、一の瀬は唯一、温泉のないエリアだといわれます。温泉の湯を川に流せば、繊細なイワナがすめなくなる——そう考えた人々が、川と自然を守るために選んできた歩みの結果でもあります。一の瀬の涼やかな水辺の景色は、この土地の人たちが守り抜いてきた風景なのです。

夜は、星と沢の音だけ
高原の夏のごほうびは、日が暮れてからやってきます。
空気が澄み、街明かりの少ない一の瀬の夜空は、見上げれば降ってきそうなほどの星。昼間の涼しさは、夜にはさらに深まります。聞こえてくるのは、沢のせせらぎと虫の声くらい。都会の熱帯夜とは正反対の、ひんやりとした静けさのなかで眠る一夜は、それ自体が立派なごちそうです。

「何もしない」を楽しむ宿の時間
避暑地・一の瀬の過ごし方に、決まりはありません。朝は湿原をゆっくり歩き、昼は木陰で本を読み、夜は星を眺める。トレッキングに出かけてもいいし、宿のテラスで涼風に当たっているだけでもいい。
大切なのは、涼しさのなかで時間の流れがゆるむこと。冬のにぎわいとはまた違う、静かで上質な高原の夏が、ここにはあります。今年の夏は、エアコンの効いた部屋ではなく、天然のクーラーが効いた標高1600メートルへ——。一の瀬は、そんなあなたを涼しい風とともに待っています。
